少し時間は遡って。
川上さんという中年の女性が、同室だった頃。まだゆかりちゃんは外科病棟に居て、寿美ちゃんとは出会ってない頃でした。
隣のベッドにわたくしより20歳余り年上の川上さんという女性が居て。
娘さんがよくお見舞いに来ていました。穏やかな女性で。でも明るくて。彼女は子宮筋腫だったから、そんなに長く入院はしなかったのだけれど。
話すとはなく、それぞれの家庭の状態とかは判ってくるもので。
わたくしが【離婚中断】中なのも判っていて。時折見舞いに来る元夫の言動や、義妹の言動を聞いていた川上さんが。
ある時、元夫が帰った後にわたくしの方を向いて。
川『せ〜ちんさん。貴女、離婚しなさい。貴女ならきっと良い人に巡り遭えるから。貴女のお母さんの代わりに私が言って上げる。離婚していいよ。あの人は駄目。可愛そうにねえ。今まで辛かったでしょう?ちゃんと治して元気になって離婚して、それから優しい人と再婚するのよ。きっと出来るから』
と、とても静かに語りかけてくれて。わたくし思わずうるうるしてしまいました。
川上さん。ありがとうございます。わたくし再婚しています。少なくとも【癌になって恥かしいから親戚にも言えない】なんて家族とは正反対のお気楽な家族と生活しています。本当に嬉しかったです。あの時の言葉。多分、実の母でも言えないような慈愛を戴いて。やせ我慢家系のせ〜ちんが泣いてしまった位
暖かかった言葉と想いでした。今もお元気ですごされていますように。
そして長谷川さん。
もうスリーシスターズが結成されていた時の、わたくしの隣のベッドのおばあちゃま(と言ってもわたくしの母より10歳位年上だったかなあ)。
いつも、10時と3時にとても美味しいお茶を淹れて下さるの。それもわたくし達に飲ませる為にグラム1000円もするようなお茶の葉を買って。それを惜しみなく使って淹れてくれるのでした。
小さくて可愛らしいおばあちゃまで。いつも娘さん(わたくしより年上ね)やお孫さん(もう、高校や大学の)が入れ替わり立ち代わりお見舞いに来られて。
本当に家族に愛されているのが判る。優しい優しいおばあちゃまでした。
70歳を過ぎてからの抗がん剤は、大変辛そうで。それでも静かに耐えているような方で。
その我慢強い長谷川さんが、何度目かの治療のあと『先生、もう治療はいやです』と小さな声で伝えた時。
長谷川さんの3倍は体格の良いジャンボSドクターは。
『そうだよねえ。辛いよねえ。判った、長谷川さん。もう治療はやめにしよう。やめてお家に帰りたいでしょう?』
『はい。帰りたいです。』
『じゃあ、副作用が落ち着いたら帰ろうか』
そうして、いつも物静かに微笑んで、わたくし達の素敵なティータイムをニコニコ笑って準備してくれた長谷川さんは、我が家へと帰って行きました。
お孫さんが成人式に振袖を着て、見せに来てくれたんだよね。娘さん姉妹もお孫さんもとっても明るくて。
それから2ヶ月ほどして、長谷川さんが、家族に見守られながら星になったと聞きました。
長谷川さんの声は、わたくしの母の声にとてもよく似ていて。お話していると母と喋っているような錯覚を覚える事が何度もありました。
母よりも穏やかで。人の悪口なんて絶対に口にしない。いつも笑顔の人でした。
その長谷川さんも。川上さんと同じ事を言ってくれたんだよね。
元夫の、東京での母親代わりのような女性が居て。新宿のクラブのママさんなんだけれど。その方も何度も手術を経験なさっているのです。胆嚢と、子宮と腸閉塞で腸を一部と。
その人がお見舞いに来た時に。
『せ〜ちんちゃん。★★の家(元夫の実家)には、アタシがちゃんと言い聞かせてあげたから安心しなさいね。こんな、髪の毛が全部抜けちゃうような治療をしていたら、まともな子供は産めないに決まっているから、もう子供は諦めるように言っておいたからね。自分じゃいえないでしょ?』
そして、抗がん剤が入っている点滴を見ながら。
『点滴はいいわよね。元気になるから。アタシも疲れると医者に行って点滴して貰うのよ。疲れた時は点滴が一番だわ』
丁度、点滴を外しにきた、以前の記事でわたくしが辛い思いを伝えて一緒に泣いてくれた田中さん(看護師さん)が。
『せ〜ちんさんの点滴は、元気になる点滴じゃないものねえ。辛い副作用が一杯出るんだもんねえ。嬉しくなんかないよねえ』と言いながら点滴を外して戻って行きました。(ママはバツが悪くてモゴモゴ言いながら帰って行ったけど)
その後で、長谷川さんが。
『せ〜ちんさん。別れていいからね。私の娘が同じ思いをしていたらと思うととても哀しいわ。こんな人達とは離れていいのよ。私は離婚にはあまり賛成しない方だけど、せ〜ちんさんは離婚していいわ。ううん、離婚した方がいいと思うよ。』
長谷川さん、ありがとうございました。わたくし、少しは『自分に我慢が足りないのかなあ』なんて凹んだりもしていましたが、長谷川さんのお墨付きで安心(?)して離婚に進んで行けました。年を取るまで生きることを許されたなら、長谷川さんや川上さんのような女性になりたいと思っています(無理かも〜)
こうして、心置きなく(って言っていいのかしら)離婚できたわたくしでした。
※おまけ※
この上のママの台詞のあと。わたくしの向かいのベッドで治療中のゆかりちゃんが、いつもはひたすら吐き気と闘って冬眠状態なのに。ムクっと起き上がって『何なのよ、あれは

許せない〜〜〜〜っ

』と叫んだのでありました


(モチロン寿美ちゃんも

)
恐るべしママのパワー。副作用を暫し忘れさせたなり〜
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日本の病室っていっても日本のそれはかなりすばらしいと思うのですが、やはり相部屋の悲しさがあります。私は最初相部屋におりましたが、後病状が悪化して個室に移りました。その時は個室が嫌でしたが、誰にも遠慮がいらない空間にひどく安堵したものです。
りでお様だ〜〜
こちらにお越し頂けるなんて
この病院は、病室もとても綺麗で明るくて良かったんですが。相部屋は本当に人間関係がいろいろ・・・ですね。
もう40歳を越えてからの、現在の病の検査入院は2泊3日だったので、個室にしました。国立だったし値段もそんなにお高くなかったので
私はあまりテレビも見ないし。本と新聞さえあれば良い人種なので個室向きかもしれません。
ただ
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