三人が、同じ病室になって。
同じように綿のヘアーキャップを被って。同じような病衣を着て。
三人とも割と身長差がなかったもので。
本当に姉妹の様に一緒に居ました。
わたくしとゆかりちゃんは同じ治療日で、寿美ちゃんが少しずれていて。
多分一番わたくしが副作用が一番軽かったので、買い出し担当

外出して山手線の駅に隣接しているデパートの地下で。食料品を調達してくるのでした

抗がん剤の治療をしていると、普通に食べられる期間はほんの数日で。その間に体力を付けておかないと次の治療が乗り切れないような不安があって。
3剤に増えた頃から、口腔内の【口内炎】は、もう【潰瘍】状態になり舌が歯の中に収まらない

(普通の状態って、ちゃんと歯の中に収まってるのよ

わたくしも、この時に初めて実感したけれど)上に。
ボコボコに舌が腫れ上がって喋れないのでありました

舌の付け根に口内炎の親分が居て、喋ろうと動かしたら激痛でしたね〜

当然

歯ブラシは使えません

せめてイソジンで口を洗うのだけど、それさえ涙を流しながら

って感じ

水でも痛かった・・・

食事も噛めない・沁みる・飲み込む時に【う〜〜〜

】だから、ゆかりちゃんは【キシロカイン】で痛みを麻痺させてから、細かく刻んだ状態の病院食を食べていました。痛みが無い間に食べちゃうの。でも、薬が切れたら泣いてたけれど。痛くて

わたくしは、キシロカインも使わず食べてるから。
ゆ『せ〜ちん、痛くないの

』
せ『痛いよ。多分同じ位』
ゆ『キシロカイン貰えば

』
せ『後から痛いんでしょう

じゃあ、痛くても一緒だからいい。痛みが判らないと、普通に動かしちゃうから後から余計痛そうだもん。痛い状態で食べてると、少しでも痛くないような食べ方をするからそっちでいい』
ゆ『そ〜なのよ。後が痛いんだけど。でも私食べる時に痛いと食べれないわ〜』
なんて、会話があって。(腫れが引いてからの会話ですが)
口の中が熱っぽくて、よく氷水を貰いにナースステーションに行きました。
でも、喋れないからコップ持ってひたすら立ってるんだよね

何だか【修行僧】になった気分で

お釈迦様の頃の修行って、鉢を持って、家の戸口に黙って佇んでたらしいから。托鉢していた二人だったね

寿美ちゃんは、別の抗がん剤(病気が違ったから)だったから、口内炎は出来なくて。二人が喋れないと静かな病室だったなあ。
ある日、三人がラウンジで他愛のない会話をしてた時。子宮筋腫で手術をする為に入院していたオバサマ二人が、離れたソファーで喋ってて。
オバ1『私、癌になって髪が抜ける位なら死んだ方がマシだわ』
オバ2『そうよねえ。髪の毛が抜けてまで生きていたくないわよねえ。』
・・・・・・・。
わたくし達をチラチラ見ながら会話してるじゃないの。
寿美ちゃんがブチ切れましたね

寿『自分が癌になったら、髪の毛が抜けようが、生きていたいって言うのよね。そんな事言う奴等に限ってさっ

冗談じゃないわよ

好きで坊主になってる訳ないじゃん

自分の娘が同じ目にあった時に【あんた、死んだほうがマシだわ】って言ってみればいいんだわ

』
と。オバサマ達を見もせずに。ただ、前を向いて吐き捨てるように叫びました。
そのオバサマ達はそそくさと逃げるように病室に戻って行き。
わたくし達は黙ったまま、暫く動けなかったです。
同じ、女性で。多分もう子育ては終わったであろう年齢の人たちの口からでた言葉。
今でのあのシーンは忘れられない。
同じ【癌患者】のオバサマからも、言われた事があります。
オバ『あんた達はいいわよ。若いから。私なんてこの年になってこんな病気に
なっちゃって、こんな辛い事はないわ。子供も大きくなって、やっとこれから幸せな老後が過ごせると思ったのに

』
寿&せ『・・・・。』
寿美ちゃんは、結納の後に病に倒れました。ゆかりちゃんは2歳の娘を北海道の実家に預けて闘病していました。わたくしは離婚中断中での闘病でした。
3人とも、子育てが終わって楽しい老後にはまだ辿り着いていません。
だからと言って、そのオバサマに『あなたはいいわよ』って言えない。
3人とも、言えないし言わない。
だから、今でも大切な大切な友人なんだなあ。
今、こちら側にはわたくしとゆかりちゃんしか残っていないけれど。
わたくしの夢に訪れて『せ〜ちん、私もう何処も痛くないんだよ

』って教えてくれた寿美ちゃん。
向こうの世界で、佐緒里ちゃんと一緒だよね。いつか又逢えた時にはフォーシスターズだね。
もう少し、わたくし達の足元を照らしていてね。
こちらに居る間は、貴女たちの事は決して忘れない。いつもわたくしの心の奥の、根っ子の処に貴女達が居てくれるから。わたくしは別の病を得ても笑顔でいられるんだと思っているわ

人気blogランキングへぽちっとね
もひとつぽちっとね
FC2ブログランキング
コメントの投稿